南関町

 町の西部に関川、東部には内田川を挟んで耕地が開けています。また、南関町は江戸時代肥後の北門として上番関所の第一におかれ、陸上交通の最要衝とされていました。現在でも、当時を偲ばせる御番所跡や御茶屋跡等関所に関連する史跡や文化財が数多く残されています。
 一方、町の約半分をしめる森林が緑豊かな自然を生み、これが名水やホタルの里をもたらし、清らかな水の恵みは良質でおいしい米を生産します。
     
 古小代の里は、寛永九年(1632年)細川忠利公が肥後の国に入国の際に豊前国から移り住んだ陶工の手によって始められ、肥後熊本を代表する小代焼発祥の地で、江戸時代の窯跡(瓶焼窯・瀬上窯)が当時の水漉し場やろくろ跡とともに保存されており、県の文化財指定をうけております。この古小代の里周辺には4軒の窯元が集積しています。
 
太閤水

天正15年(1587年)4月13日、太閤秀吉(豊臣秀吉)が島津征伐の折りこの水を汲んでお茶を献じたと伝えられる。